アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「あ……失礼。今はまだ、食欲がありません」
私は手にしたままだった彼のカップに視線を落とした。
「そうじゃないの。
……そうじゃなくて、ああ……ええと」
私は目線を下に落とした。彼のつま先が視界に入り、私はそればかりを見つめた。
冷たい隙間風が廊下をすうすうと通り抜けていく。
元気を出して。
食べなきゃ力が出ないよ。
あなたは王子なんだからしっかりしなきゃ。
どの言葉も今の彼には暴力でしかない気がした。
あなたは一人娘なんだから、しっかりしなきゃ。
父の初盆で、父方の親戚の誰かがそう言った気がする。未だにその声は私の耳の中で反響している。
しっかりしなきゃ。
親戚がそう言いたくなる気持ちは理解できた。
私は昔から大人しくて何事にも消極的だった。そしてあの頃はまだ少しも経済的にも日常生活という意味でも自立できていなかった。
だから、当時は私も親戚の言葉に頷いたものだ。親戚も思いやりからそう言ったに違いない。
そうして私は「しっかりしなきゃ」と自分でもそう念じながら父のいなくなった店をなんとか維持してきた。
けれど、店の仕事もまるで着慣れた服のように私の体にしっくりくるようになった今、やはり父が死んだことにきちんと向き合わなかったツケが父への罪悪感となってふとした瞬間に顔を出す。
親戚の言葉通り、しっかりしなきゃと気を張って、まずは自立することを目指したのは最善の道だった。そうでなければ今父の店は残っていなかっただろうと思う。
しかし、今になって私はもっと泣くべきだったと思う。
あのとき、目が溶けるほど泣いて、誰かに甘えて、誰かの手を思い切り煩わせておいたら、私の父との思い出はこれほど苦い味に彩(いろど)られはしなかっただろうと思うのだ。