アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)


「ミーシャ。……かわいい音」


生まれたときからミーシャを男の名前として認識している彼は私の感じたかわいいという感覚はわからないようで、今度は彼が怪訝そうに首をかしげた。


「宮廷ではミハイルの名は使いません。
ミハイルはロシア語での名前です。

カガンは長らくロシア帝国の属領だったのでロシア宮廷に伺候する立場であったカガンの貴族や王族はみんなロシア語の名前を持っているのです。

もちろん、本当の名前はカガン語の名前ですから親しい人が呼ぶのはカガン語の名前です。
僕の場合、それはユスティニアノス、……ユスティですが、この国でカガン語の名前を呼んでは同国人にすぐに身元がわかってしまう」

へえ……。


他国の植民地になる事がなかった日本人にとってはロシア語とカガン語の名前を使い分ける彼らの名前のあり方はとても奇妙に感じられた。

「日本の人々はずっと日本語を使って生きています。
日本はとても小さい国で、資源も乏しい。それでも大国に飲み込まれることはなかった。
この国の人々は日本語の名前を使い続けている。僕から見ればトクシュ……いえ、特別な国です」


私がごく当たり前に受け止めてきた日本語の名前を、カガン人である彼は私達とは違う視点で見ている。

カガン人である彼のフィルターを通してみた日本はが私が普段ごく当たり前に受け止めている日本とは違う。
私は不思議な気持ちになった。

「日本を囲む海だけが日本を守ったとは思わない。日本人には日本を日本たらしめる何かがあったのだと……。何か、秘密がある。
そう思うから、僕は留学先を決める際にまず日本を思い浮かべたのです。
僕が日本にきたことは他にもいろいろと政治的な思惑があったことは事実ですが、けれど、やはり最終的にはこの事が僕を日本にひきつけました。
あなたは不思議に思ったことはありませんか、日本という国はこんなに小さいのになぜ日本として今ここに在るのか」
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