アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「これ、お年玉ね」
ショッピングモールで車を降りる瞬間、私は王子に古い財布を渡した。昔、私が使っていたものだ。黒くそっけないデザインのそれを、彼はしばし見つめていた。
自分のお金がないのでは買い物などできない。そう思って彼用に少し現金を用意しておいたのだが、うまく受け取ってもらう方法がわからなくてずっと渡せずにいた。車を運転している間、ずっと考えていたが、結局いい渡し方を思いつかないまま、当たり前のような顔をして渡すことにしたのだ。
「オトシダマは、子どものためのものだと聞いています」
彼は少し気を悪くしたのだろうか、神経質そうな目元がわずかに赤かった。
ポトスを一株受け取るのにあれほど誇りを傷つけられた彼なのだ。現金など渡してはいけなかったのかもしれない。
「学生は受け取っていいんだよ。私も23歳くらいまでは受け取ってたし」
実家で働いていた関係から、給料らしい給料などなかった私は父が亡くなる直前まで小遣いとお年玉はしっかり父から受け取っていた。
「日本はそういう文化で、これは縁起物だから遠慮はしないで」
「そういう……ものですか。僕の国では一月に新しい年を祝う習慣はあまりないので。
失礼なことを言いましたか」
確かにカガンは寒い国なので1月1日といえば祝いごとどころではない。冬の厳しい地域で生きる人々はながい冬篭(ふゆごも)りの間、備蓄した食糧で春まで生き延びねばならないからだ。冬の終わりならばともかく、まだ冬真っ盛りの時期にお祝いなどして食料を無駄に消費する習慣はなさそうだ。
「失礼ではないけど、遠慮しないで受け取って」
そもそも、遠慮されるほどの金額が入っているわけではない。私は元々お金持ちではないし、店の経営もクーデターのおかげで客足が遠のきじりじりと傾いている。正月が終われば緊縮財政に切り替える予定だった。
「では、大事に使いますね」
王子の返答にほっとした。