アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
今時のお正月はショッピングモールでデートをして過ごすことも珍しくないらしい。
モールの中では初詣の帰りらしき振袖姿の若い女性と、平服の男性が連れ立って歩いている姿があちこちで見られた。人の多さと暖房で、モールの中は少し暑く感じられる。
雪国育ちのミハイルにとって、この暑さはつらいのではないだろうか、と彼の様子を窺うと、彼は女性の着物姿が珍しいのか、通り過ぎる女性を振り返って見つめていた。
「で、」
殿下と言いかけて彼ににらまれ、私は声を小さくした。
「ミ、ミーシャ」
これでいいのだろうかと迷いながら発した彼の名前は彼の耳にさえ届かないかと思うほど小さかった。
「なに?ハル」
突然彼が丁寧な言葉遣いをやめてしまったので、私は驚いて言葉を失った。
周囲は私達をどう思うだろうか、と誰も見ていないのに周囲を気にして見回してしまった。
「あ、や、あの。私は食料品を買おうと思うんだけど、ミ、ミーシャは、何か見たいものがある?」
「ヘアダイかな」
「へ、へあだい……?」
聞きなれない言葉だった。
彼は頷いて私の耳元に唇を寄せた。
「この髪では目立つ」
ああ、と私は頷いた。
髪を染めたいのだ。ヘアダイ……。英語ではそう言うのだろうか。
「じゃあ、それを見に行こうか」
「うん」
王子、いや、ミハイルは突然私の手を引いた。
男の人に手を引かれたのは本当に久しぶりのことだ。
彼がそんなつもりで無いことは十分すぎるほどわかっていたが、一気に互いの距離が近くなったような気がした。
私は何も言えず、ただ手を引かれるまま歩いた。
そうしていると、彼の手の中にある私の手が他人のもののように思われて、だんだん気持ちも落ち着いてくる。
恋人のような設定でふるまっているのだろうか。しかし彼のルックスと年齢で私に対してそれをやると余計に目立つような気もする。
「ちょっと、ミハイル、あの。手」
「迷子になったら困る。イヤ?」
私は首を横に振った。イヤというわけではない。人目が気になるというだけだ。