アンフィニッシュト・ブルー(旧題 後宮)
「すごいな、日本は」
棚にずらりと並んだヘアカラーの数に、ミハイルはそんな感想を漏らした。
ショッピングに来るのは初めてなのだろうか。彼はヘアケア商品の売り場につくまでに何度も通りかかった店の前を物珍しげに観察していた。
「これ、たぶんブリーチだよ。
ミーシャは髪の色が薄いからただ色を入れるだけでいいと思う。ブリーチって結構髪が痛むし」
「……へぇ……」
「ひょっとして、髪を染めた事がないの?」
「必要がなかったから髪は染めなかった。
僕がもし、王族らしからぬ髪の色で生まれたならば染めることもあったかもしれないけれど、僕は伝統的な王族らしい姿で生まれたから、その必要がなかった」
「そう……」
王族らしい容姿。たしかにミハイルはなんともいえない気品を身にまとっているが、それは彼の誇り高さと身のこなしがそう見せているのであって、肌や髪の色がどうあっても彼はやはり気品を身にまとった「王子様」だろう。「王族らしい容姿」はどんなものなのかいまいちよくわからない。
私はちょっと彼の近づいて帽子の隙間からのぞく彼の月のような色の金髪を見上げた。
今から彼はこれを染めようとしている。
ミハイルの月のような色の淡い金髪はとてもきれいだ。わざわざ別の色で染めてしまうのは惜しい。けれど、彼は何も遊び半分で髪を染めたいと言っているのではないのもわかっている。
彼は髪の色を変えることで彼の身分を隠し、母国からの暗殺者から身を守るつもりなのだ。きれいな髪が惜しいなどということはひどく愚かなことのように思われて、口には出来なかった。
「何色にしたいの、好きな色はある」
「あなたと同じ色」
考えこむこともなくきっぱりとそう言われ、私はまた驚いてしまった。
変装が目的なのだから、今の色からかけ離れた色がいいに違いない。頭ではそう理解できたが、「あなたと同じ色」という言い方が気になった。