理由
気が付くと、孝利が帰ってきていた。
さっき、お帰りなさいと言っていた。
おそばと天ぷらはすばらしいタイミングで出来上がった。
天ぷらはまだサクサクだろう。
そういえば、おいしいねと孝利は言ってくれた。
季節が秋になっていた。さっきまで冬だっと思っていたのに。
孝利は帰るのだ。
家庭に、奥さんと子供が待っている。
今日は残業ということになっているから、21時には私の部屋を出ないといけない。
私は床に倒れていた。
床で泣き崩れていた。
帰したくない、でも帰さなきゃ、私達の恋は成立しない。
自分は彼の1番じゃない。たとえ気持ちは私のほうをより愛していても、現実的には私は2番。あるいは子供がいるのだから、3番か4番か。
孝利は自宅に着いたようだ。
もう不倫の是非なんて時期は大分前に過ぎ去った。
要は、私は孝利を愛している、それだけが確かな事実なのだ。それ以外はわからない。
彼が誰を1番に想っているか、今何をしているか、奥さんをまだ愛しているか、子供を愛しているか、将来私をどうするつもりなのか、いつ奥さんにばれるのか、本当に私の事を愛しているのか、また明日も会えるのか、まだ奥さんを抱くのか、どうして私を殺してくれないのか、全部、知りたくないのだ。
知らなければ、悩むのは今ある事実のみですむ。
それ以上は知る必要がない。
知れば苦しみ悩む事が増えるばかりだ。
知らない。知りたくない。
涙が出なくなってしまって、もう疲れたなと目を閉じたら、体が重くなった。
ああ、死んじゃうんだなとわかった。どこか悪いところがあったのかもしれないし、薬でも飲んだのかもしれない。
どうせ死ぬなら孝利に殺してもらいたかったなと考えると、なんだか笑えた。
孝利を殺人犯にしちゃ悪いけれど、孝利に殺されたら永遠に孝利のものになるような気がする。
死ぬ寸前に孝利の悲しい顔が見えた。
それはすぐさま泣き顔に変わった。孝利の泣き顔なんて、初めて見た。
「次も絶対見つけてやるからな。次は必ず、お前だけだからな。」
死ぬ間際に来世を約束されたみたいで、幸せな気持ちで私は死んだ。