理由
「もしもし?落ち着きましたか?」

私の心の移り変わりを把握しているかのようなタイミングだ。
しかも、突然きったのに、孝利には怒った様子が全くない。
怒ったのかもしれないが、それは表に出さない。
さすがは30代というべきか。
こういうところに、私は救われる。
「はい。」
それでもなんとなくばつの悪い私は、抑揚ない返事を続けた。

「今ね、高校の同級生にちょっと会ってきたところ。10年前に借りたCDを返したいっていうからさ。」

「10年も…なかったらもう聴かないでしょう?」
「そうそうそうなんだよ。しかも当時流行の曲だぜ?聴かないよなぁ。」

「じゃあ口実なんだね。孝利に会う。」

「大人になると、なんか理由がないとわざわざ会わないもんだからなぁ。あ、女の子じゃないよ。野郎だよ。」

ほんの少し、心に引っ掛かったことを、見事に否定してくれた。

そしてさっきまでの面倒な空気をなかった事にしてしまう、話題の変えかた。勝手に電話をきった事には触れないでいてくれた。

「お土産は何がいいの?牛タン?」

孝利は陽気な声で続けた。
「実はさ、4日に帰ろうと思ってたけど、3日に帰る事にしようと思って。」

「えっ?」

何か、孝利は察してくれたんだろう。さっきまでの不安に、光が一差し。
しかし同時に申し訳なさでいっぱいになってしまった。昨日着いたばかりなのに、もう帰る心配をさせてしまった。

「なんか弟の嫁に嫌われてるんだよ俺。なんとなーく空気感じるんだよね。チクチクっとさ。もう明日にでも帰りたいよ。それに、」
孝利は、急に声をひそめた。
「…正直に、あなたは俺に早く会いたいんでしょうー?」

ちょっと、ふざけているかのような照れ隠しをして、孝利はうまいこと私にうんと言わせた。

弟の嫁の件だって、本当かどうかちょっとあやしい。だけど、おかげで私の申し訳ない気持ちは半分に減った。

「午前中の新幹線に乗るからさ、ずんだ餅を解凍しながら帰るよ。東京駅まで車で迎えに来てくれない?」

「行く。行きます。迎えに行く。」

いつの間にやら孝利のペースに乗せられ、すっかり従順な女の子モードに入ってしまった。



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