もしも、もしも、ね。


「・・・望果?」



望果が渡してくれない。

手が目に入っていないのか、と思って少し腕を揺らして名前を呼ぶ。

ペンがないのかと手元を見る。―――ペンはある。

彼女の顔を見る。―――満面の笑み。

嫌な予感に思わず顔を引きつらせると、望果の形のいい唇から猫なで声が漏れた。



「暁里ちゃぁん?」

「気持ち悪い。」

「ひど!」



私の言葉に望果は「ショックー」と棒読みしながら両手を頬に当てたけれど、その顔は変わらず。



「暁里、あそこに名前書きたいよね?」



彼女は恐るべき変わり身の早さで話題を逸らし、ある一線の空白を指さした。

(やっぱりショックがってないじゃん。)(わかってましたけどッ)

選択肢が一つしかないことはわかっていたけれど、私はダメ元で口を開く。



「書きたくない。」

「書 き た い よ ね ?」

「―――・・・書きたいと思わざるを得ません。」



笑みが深くなる望果。

彼女の辞書に嫌味という言葉は無い。(代わりに脅迫という文字は黒々と大きくあると思う。)

結局ペンは私の手に渡ることは無く、望果が女の子らしい丸文字で「桜野暁里」とハートマーク付きで書き込んだ。

まったく、何を企んでいるのやら。



そう。私は、すっかり忘れていた。

このアミダを作ったのは望果だけじゃない。

望果に、ともちゃんとなっちが加わっていたことに。

(そして今3人が顔を見合わせてにやりと笑ったことにもね!)


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