【完】確信犯な彼 ≪番外編公開中≫
「……いいか?」
そう尋ねてくるから、私が小さく頷くと、
彼は煙草を一本咥えて、それに火をつける。
ゆっくりと、一服した後、ライターを机に置いた手で、
緩やかに髪をかきあげる。

「俺は大丈夫だが、向こうの方が心配だな……」
そうポツリ、と彼が言葉を漏らす。
向こうの方、が例の彼女のことだと気づいて、
私はズキリと胸が痛む。

「その人、大事な人だったんだよね……」
思わず私がそう尋ねると、
彼が紫煙を追うように、一瞬視線を上げる。その瞳が苦しげで、
「……そうだな……」
そう一言呟くその声が、切ない色を帯びていて、
その声だけで私はぎゅっと胸が締め付けられるような気がする。

「なんでその人と別れちゃったの?」
気づけばそう言葉に出していた。
その言葉に彼が一瞬息を呑んだ。
それから、ふっともう一度弱く笑みを浮かべる。

「……別れたくは、なかったんだがな……」
そう言って、目の前のコーヒーカップに視線を落とす。
「……じゃあ、なんで?」
思わずそう言葉にしてしまっていた。

「俺もアイツも、あの事件で、
心にも体にも、後に残る傷を負ったんだよ……」
ふぅっと彼はため息をつく。
「特にアイツは、俺の顔の傷が
自分のせいだと思っていてな、
俺の顔を見るたびに、その記憶と、贖罪の感覚が抜けなくて、
逢えば逢うほど、傷ついていってしまうようになってな……」

私は苦しげにゆがむ彼の表情を見つめる。

「……俺は一生かけて護りたいと思っていた女を、
護るために、傍に居たいと思うことすら、
結果としてはアイツを傷つけるだけにしかならねぇって気づいた」

だから、時間が必要だろうと、離れて暮らすことを選んだ。
ただ、離れて暮らすことで、
より一層互いの気持ちが遠ざかってしまったかもしれないんだがな。

そう言って彼は苦く苦く笑みを浮かべる。
その彼らしくない表情を見ること自体が、
私は苦しくて、つらくて、涙が浮かんできそうで。

でも、彼自身の気持ちは、きっと彼にしかわからない。
そして、私が半端な同情をしても、
それは、彼に失礼なことにしかならない気がする。

「……彼女のことがそんなに大事だったんだ」
その言葉に涙が零れそうになって、語尾が震えてしまった。
ここで泣いたら、いけない。
そう思って、ぎゅっと唇を噛みしめる。

私の言葉に彼が小さく頷いた。
「だから、俺はアイツが幸せになるのを確認するまでは、
自分自身の事は一切考えられねぇんだよ……」
彼がまた一本煙草を取り出してそれを咥える。
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