【完】確信犯な彼 ≪番外編公開中≫

一瞬唇で触れて、彼はあわてて彼女を離す。
部屋の方に振り向く瞬間、彼の頬が紅潮して、
一瞬嬉しそうな笑みが唇に浮かぶ。
それを隠すようにして、そのまま、彼は部屋に戻っていく。

彼女は唇に手を当てて、
頬を染めて、その場に立ち尽くしていた。

その姿に、俺自身も動けなくなっていた。
佳代の華奢な体を抱き寄せて、
その唇にキスを落して、
そのまま部屋に立ち去った男。
昨日と同じ服装をした佳代。

昨日自分と別れた後、佳代は彼の部屋に泊まったのだろうか？
確か、アイツは佳代に惚れていた、とそう思い出していた。

昨日の帰り際の泣きそうな顔をしていた佳代を想起する。
弱っていた佳代を、
アイツが、その手に捕えたのだろうか？
互いに大人の男女だ。
何かあっても別におかしい事じゃない。

そう冷静に自分自身に言い聞かせているつもりが、
胸の中で正体のわからないものが、激しく荒れ狂う。
もし手の届く範囲に、佳代がいたら、
胸の中で荒れ狂う感情のまま、
めちゃくちゃにしてしまいそうだった。

ぎゅっと握り拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐き出す。
荒れ狂う感情を、少しでもなだめられるかと思ったが、
まったく、役にも立ちゃしねぇ。
ふぅっと、ため息をもう一度つく。
自分の中で、どこか、佳代はずっと一人で、
清廉なまま、そのままで居続けると思い込んでいた。

どこかで、自分のことを、
報われなくてもずっと待っている、と
何故かそんな都合のいい思い込みをしていたのかもしれない。

暴力的な感情の嵐が、
自分の中で覆い隠していた何かを引きずり出す。

それは、嫉妬、の感情だ。
奪われたくないはずの、清廉なものが、
男の形をした、何かに奪われて、
目の前で壊れ崩壊したような感覚がした。
微かに吐き気がする。
心臓が早鐘のように鳴るくせに、
頭の芯がどんどん冷えていく。

自分から、遠ざけたつもりのはずのものが、
向こうが遠ざかった気がして、
それに対して、裏切られたような気持ちがするなんざ、
自分はどれだけ自分勝手なんだとそう思う。
その一方で、どこか納得できない不条理な感覚が抜けない。


瞬間、ピピピと、かすかな音がして、
佳代がかばんから携帯電話を取り出す。
それを操作して、彼女がはっと現実に戻ったような顔をする。
それから、あたふたとその場を立ち去ろうとする。

それを見て、俺は自らの姿を道端に、そっと隠す。
彼女に逢うことで、すべてが現実化するような気がして、
直接逢わなければ、その事実が現実化しないわけでもないのに。