【完】確信犯な彼 ≪番外編公開中≫
「……入れよ」
そう拓海に声を掛けられて、玄関に入ろうとした瞬間、
ずっと変な姿勢で座ったままだったからだろう、
急に足に血が通い始めて、
しびれが一気に出て、
私はかくんと膝が抜けてしまって、
思わずその場でふらついてしまう。

「っと、大丈夫か?」
とっさに、拓海が私を抱き留めてくれる。

強い腕に抱き留められて、
私は一瞬心臓の高鳴りと、苦しいほどの甘い感覚に、
その身を浸して、呼吸を乱す。

「……ダメ……かも」
大丈夫って言おうと思っていたのに、
何故か口をついて出たのは、正反対の言葉で、

「……え?」
思わず彼も私の瞳を見返す。
じっと至近距離で、彼と視線があって、
一気に体温が燃える様に上昇する。

「……やっぱり、ダメ……かも」
ふと漏れた声は、我ながら儚げなのに、どこか甘い。
誘うような声で、瞬間、抱きかかえなおすように、
彼の抱き留める腕の力が少しだけ強くなって、
その指先にすら、ゾクリと身が震えるような感覚がある。

さっきソファーに貴志に押し倒された時には、
男の人の腕は、ただ怖いだけだったのに、
拓海に抱き留められると、不快感がなくて、
ただただ、融けそうな陶酔感があった。

「……何が……ダメなんだよ……?」
ふと低く深い声が耳朶を打つ。
お酒の酔いがまだ残っているんだろうか、
彼の声だけで、足腰の力が抜けそうになる。

「……酔っているのか?」
そう言いながら足に力の入らない私を、
彼がしっかりと私を抱き留める。

「ぁ……」
その彼の腕が、ただ、抱き留めているだけじゃなくて、
しっかりと、その腕の中で自分が抱きしめられている……。
そう気づいた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
鼓動がありえないほど早くて、呼吸が苦しい。
心臓が跳ねまわってどうにかなってしまいそうで、
でも離れたくなくて、
そのままその胸に顔を押し付けてしまう。

ふわり、と彼の香りがして、
何度かかいだことのあるその匂いに安堵を感じる。
彼の胸の鼓動を頬に感じる。
その鼓動が、私自身と同じように、
ひどく早くて、切ない響きを持っているから、
私はその鼓動の意味を、自分に良いようにとらえてしまいそうで、
ぎゅっと瞳を閉じて、切ない吐息を漏らす。

「……何が……ダメなんだよ?」
そう、胸元に押し付けた逆側の耳元に、
彼がもう一度、もっと深く甘く、囁く。

「……言わねぇと、わからねぇぞ?」
のどに絡んだような声で、少しだけ意地悪くからかうように笑う。
私はどこか誘惑するような彼の声に、
思わず吐息に混ぜて本音が零れ落ちる。

「……私……」
……拓海じゃないとダメみたい……。

彼の胸元に向かって小さく囁く。
抱きしめられるのも、好きになれるのも、
多分貴方しかダメみたい……。
心の声は全ては言葉にならなくて、
不安な声は徐々に小さくなる。
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