【完】確信犯な彼 ≪番外編公開中≫
「……ったく、お前は……」
どこか切羽詰まったように、
掠れて囁く彼の声に思わず視線を上げる。
絡んだ視線のまま、彼が小さく笑う。
少しだけ無骨な指先が、私の頬に伸びる。
甘い日本酒の酒香が、わかるほど、
彼の顔が近くて、間近で見る彼の瞳の色に魅了される。
緩やかに頬を撫ぜられて、
その指先の心地よさに思わず瞳を閉じそうになる。
甘い……甘い酒香が、頬にかかる。
──ガタン。
その時、ちゃんと戸を閉めてなくて、
半端に引っかかっていたドアが、
重さで完全に閉まる音が玄関に響いた。
無音の中、その音は想像以上に大きく響いて、
ふっと、彼が夢から醒めた人のように、
ちいさく笑って、私の頬から指先を外す。
なだめるように私のおでこをその指ではじいて、
「酔ってるな、お互い……」
そう言うと靴を脱いで、
「酔い覚ましが必要みたいだな。
コーヒーを入れてやる」
先ほどと同じセリフを繰り返した。
私は呆然としたまま、靴を脱いで彼の部屋に上がる。
一瞬、空間を包んでいた、
甘い濃密な空気が、普段通りのなじみの空気に代わって、
私は、どこかホッとしたような、
なんだか寂しいような、妙な感覚に支配される。
「ほら、そこに座れ」
普段通りの彼に言われて、
私は彼の部屋の座布団の上に座る。
「ちょっと待っとけよ……」
そう言って彼はお湯を沸かして、
インスタントコーヒーを入れて、
それを持って私の斜め前に座る。
「ほら、飲め。
あんなところで寝てるから、体が冷えちまってるだろ?」
ぶっきらぼうにそう言って、
私の前にカフェオレを置く。
自分のところには、ブラックコーヒーなのに、
私が何が好きなのか、
ちゃんと覚えていてくれているんだ。
そんな小さなことにも、心が弾んでしまう。
「いただきます」
そう声を掛けて、冷えた手でカップを囲んで、
それを一口飲むと、ほうと小さく吐息が零れた。
「……で。何があったんだ?」
そう少しだけ鋭い瞳で、尋ねられて、思わず言葉を失う。
でも、その瞳は何故か真剣で、
誤魔化すことを許してくれそうもない。