【完】確信犯な彼 ≪番外編公開中≫
それからふと、笑い顔を泣き顔みたいにして。

「佳代ちゃんには、私の不注意で、
怖い目にあわせちゃったしね……」

そう、麻生先生が小さな声で呟く。
それが、例の強姦未遂事件の事だと気づいて、
ああ、それで彼女は
こんな風に私に親切にしてくれるんだとわかった。


*********************


少しずつ、寒いだけの毎日に、
たまに温かい日が混じるようになったある日、
拓海から一通メールが入った。

次の週末、少し大きな電化製品を買おうと思っていて、
それに彼が付き合ってくれると約束をしていたのだけど、
急に用事が入ったという。

まあ、学校もたまに土日に用事が入ることがあるから、
私は深い事を考えずに、

「わかりました」
と返信メールを打って、
その後他の看護師さんに頼まれて、
休みの予定を、出勤に変更していた。



「うーん疲れたな」

そろそろ仕事が終わる頃、
入れ替わりに准夜勤に入ってきた同僚が、

「ほら、隼大くんを預かってくれてた先生、
なんていったっけ? あの通り魔事件の……」
そう言って私のところにわざわざ話に来る。

「宮坂先生?」
思わずそう聞き返すと、うんうんとうなづいて、

「なんか、東京から来た可愛い女の子と、
デートしているらしいわよ?」
そう言ってくるから、一瞬頭が真っ白になる。

私との約束をキャンセルして?
そして、東京から来た女の子とデートしている?

一気に冷たい汗が背筋に沸いてくる。
じわりと胸に重たいものがのしかかってくる感じがした。
ゆっくりと、血の気が引いていくような感覚に、
私は言葉を失ってしまう。


「あの、大丈夫?」
そんな私の様子に気付いて、
交代の看護師さんに聞き返されてしまって、

「え、大丈夫って……何が?」
そう言うと、酷く顔色が悪いと言われてしまった。

「体調がしんどいなら、早く帰って寝た方がいいよ」
そう言われて、私は慌てて、帰り支度を整えた。

もしかして、東京から誰かが
彼に会いに来たんだろうか?

そう思った瞬間、私の脳裏に浮かぶのは、
当然のことながら、例の彼女のことで……。

彼女が島に来るから、私との約束を断ったの?
それなら、なんで理由を言ってくれなかったんだろう。

なんだか、不安と苦しさで心臓がドキドキと鳴りっぱなしで、
手に冷たい汗をかく。

もし、彼女が彼に逢いに来たとしたら。
……そしてそれは彼と仲直りしたいという話だったら……。

彼はいったいどうするんだろうか?
ずっとずっと、好きだった彼女が、
彼に戻ってきて欲しい
やり直したいって、もしそう言って来たら……。

私は急展開する状況に、
現実感がないまま、ふわふわとする足取りのまま、
家路に向かっていた……。
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