【完】確信犯な彼 ≪番外編公開中≫
不安な気持ちのまま『穂のか』の暖簾をくぐると、
瞬間、南君が私の腕を抑える。

「いや、今はやめとけって……」
私の顔がよっぽど怖い顔をしていたんだろうか、
何かするつもりなんて全然ないのに。
南君の腕を振り払って、彼の前に立った。

彼の向かいに座る女性は、
びっくりしたような顔をして、私を見上げている。

くりっとした瞳がかわいらしい。
想像していたみたいに、小柄で華奢で……。
とてもじゃないけど、拓海の同級生には見えない。
もっと若くみえた。

……すごく、可愛い人。
そう思うと余計切なくて苦しくなる。
呼吸が乱れてしまいそうで、
私は必死に声の震えを抑え込む。

「たーくーみぃーーーー」
声の震えを抑え込もうとしたら、すごく低い声が出た。

なんで黙っていたのよ。
そんな言葉を必死に仕舞い込む。

拓海がそんな私を見て、
少しだけきまり悪そうに小さく笑みを浮かべる。

「……みつかっちまったか」
その声が悪びれた様子が全然ないから、
苦しかったのに、
胸が壊れそうなくらい辛かったのに、
と、言いたいけれど、頭に来すぎてて声も出ない。
すると、向かいの女性が、小さな声で

「……あの……佳代さん?」
と、私の名前を確認するように呼んだ。

「そうですけど、何か?」
思わずとっさにきつい声で返してしまう。
全然感情の制御がついていない。

こんなに感じの悪い私に対して、
彼女がぱああっと表情を明るくした。

「あああ、拓海が、
結婚したい女って言ってた人ね!」
顔に似つかわしい、可愛い声でその女性が言う。

その言葉に弾かれたように、ガタン、と
拓海が立ち上がった。
私は、彼女の言った言葉の意味が
分からなくて、意識が固まる。

「……すごくかわいい女なんだって……」
くすりと笑って、彼女が優しい瞳で、
私のことをじっと見つめる。

拓海が彼女に言った、『かわいい女』が、
自分を示しているという事にようやく気付いて、
『結婚したい人』が誰なのか、理解した瞬間、
かぁぁっと全身に血が沸騰するような気がした。

うそ、だよね?
結婚したい人って、私のこと?
拓海が彼女に、そう言ってくれたの?

言いたいこと、聞きたいことはいっぱいあるのに、
そんな私をちらっと一瞬目線をくれて、拓海は、

「煙草が無くなったな。買って来るわ」
と言いながら、そのまま席を立って外に出て行ってしまう。

その彼の後姿のうなじが真っ赤で……。
そのことに気づいた瞬間、血液が沸騰しそうな気がした。

「……あ、拓海、逃げた……」
彼女がどこか面白そうにそう言うと、
私は一気に緊張感が抜けてしまって、
拓海の座っていた席の隣の椅子に、
くたくたと、力尽きるみたいに腰掛けていた。
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