【完】確信犯な彼 ≪番外編公開中≫
彼の指先が、そっと私の頬に触れる。

柔らかく、その指先が何度も撫でていく。
何度も彼が、その女性の名前を愛おしげに呼んでいる。
私はそれが切なくて、息をすることすら辛い。
彼の声が、聞いたこともないくらい、
優しい声だから、私は彼の声を聞くだけで、苦しくて……。

「……泣くな。お前に泣かれると
俺はどうしていいのかわからなくなる……」
私の頬に触れて、つい零れてしまった涙を指先が拭う。
困ったように、でも優しく囁く声に、たまらなくなって、
私はそっと涙をぬぐって、彼の指先から逃れる。

彼が目覚めてしまう。
私はここに居ちゃいけない……。

そう思ったらなぜかすごく不安になって、
こんな彼を私は見ちゃいけなかったんだ、
そんな気がして、
彼に抱かれていた腕からも無理やり、抜け出して、
玄関まで小走りに走って、
そのままドアを開けて外に飛び出す。

パタンと小さな音を立ててしまった扉に、
背中を持たれかけさせたまま、
足に力が入ってくれなくて、私はそのまましゃがみこんでしまう。

暑い日差しが私を包んでいるのに、
熱に浮かされた彼に抱きしめられていた体が寒くて、
私ははぁ……と熱気のこもったため息を吐きだす。

次の瞬間、彼の切ない掠れた声を思い出して、
苦しげに、でも愛おしげに呼ばれた彼女のことを思い出して、

気づくと、ぽろり、ぽろりと涙が零れた。
ぎゅっと自分の体を抱きしめて、
しゃがみこんだ状態で、彼の家の扉に背中を預けて、

私は、感情の赴くままに、泣き続けた。
声だけは殺して……。


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