【完】確信犯な彼 ≪番外編公開中≫
「泣いてなんていませんから」
そう私が言うと、彼がこっちを一瞬覗き込む気配がする。

「……泣いて、なんて、いませんから」
そう私は繰り返し言った。

『辛い時にこそ、笑いなさい。
悲しい時にこそ、笑顔を見せなさい』

そうやって笑っているうちに、
その笑顔は本当の笑顔になるから……。

そう口癖のように言っていた母の声を思い出す。
そう言って、泣きそうな顔をゆがめて笑った母を思い出す。

父が亡くなった時もそうだった。
そうやって笑って、次の日からは、
本当に笑顔を浮かべて、私たちの世話や、仕事に復帰したのだ。

だから、私は不格好ながらも、笑顔を浮かべる。
真っ赤な目元かもしれないけど、
今できる、精一杯の笑顔で顔を上げる。

「……泣いてなんて、いませんから……」
そう言う私の言葉に、先生が困ったように小さく笑う。

「お前は泣いてなんていないから」
小さな子をなだめるように、優しい声でそう言って、
私の頭を押し付けるように力いっぱいガシガシと撫でる。

私は彼の手に押されて、
机の上の自らの手の上に突っ伏すような姿勢になっていた。

「お前は、泣いてなんていねぇから、
俺しかここには居ないから……。
……しばらく、好きなようにしてろよ」

そう言って、何度も、何度も
慰めるように髪を撫ぜられて、
私は……。

押し殺した声で、零れる涙を自らの腕の中に落す。
泣いてなんてない。
泣いてなんて、ないんだから……。

突っ伏したままで、しゃくりあげながら
彼の前で私はかたくなにそう言い続けていた。

ふっと、小さく笑う気配が伝わって、
私が突っ伏している間ずっと、
やわらかく、大きな優しい指先が頭を撫ぜていて、


「……まったくしょうがねぇ奴だな……」

そう呆れたような、どこか甘やかすような、
そんなたまらなく優しい声が聞こえたような気がした。
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