マイノリティーな彼との恋愛法
程なくして会社のビルに到着し、厚化粧の受付嬢2人の前を通り過ぎ(今日もやっぱり彼女たちはメイクが濃かった)、セキュリティーゲートの前に立つ警備員さんに「お疲れ様でーす」と挨拶。
昼食を済ませた各オフィスの社員たちが、行列をなしてゲート前に並んでいる。
ここはたいてい朝の出勤時とこの昼過ぎの時間帯が一番混雑していて、列に並んで順番を待つことが多い。
「今日もあの人たち化粧濃かったですね」
「受付はあーいうメイクにしろってマニュアルでもあるんじゃないの?」
「えー、無理ー!あんなにグロス塗りたくってたら、小バエが唇に止まったら虫が埋もれて即死ですよ」
「それどこかのお笑い芸人がネタにしてなかった?」
「そうでしたっけ?」
風花ちゃんとくだらない会話で盛り上がっていたら、ゴホッと後ろから咳払いが聞こえてきた。
何気なく後ろを振り返ると、作業着姿の神宮寺くんがマスクを装着して、さらにはメガネを曇らせて立っていた。
「お、お疲れー。久しぶり」
うまい具合に気配を消していた男に、動揺して声が裏返りながらも当たり障りない声をかけた。
私の隣にいた風花ちゃんもそれに気がついて軽く会釈している。
神宮寺くんは曇りメガネの向こうから私たちを見下ろして、カッスカスに掠れた声で返してきた。
「………………お疲れ様です」
「どしたの、その声。風邪?」
「治りかけです」
「まさかまだマフラーもしないで通勤してるんじゃないでしょうね?」
言ってから、しまったと口を噤む。
どうしてなのかこいつの顔を見ると小姑みたいなことを言ってしまう。
「だから持ってないって言ったじゃないですか」
「買いなさいよって言わなかった?」
「………………言ってましたね」
久しぶりに見る神宮寺くんは、目だけしか見えなかった。
それなのに、やっぱりヤツの姿を見ると妙に胸がドックンドックン鳴ってしまう。これって相当厄介なんですけど。
所々薄汚れた作業着を着ている彼は、片手に何かの地図や書類、ファイルなど仕事のものを持っており、もしかしたら測量帰りなのかもと思わせる姿だった。