マイノリティーな彼との恋愛法
神宮寺くんは私のアパートに到着すると、そのままタクシーを待たせた。
俺だって帰りの足が無くなるのは困りますから、と淡々と話していて、私の妄想が現実になることはないのだと少々ガッカリした。
肩を貸してもらう形で階段をのぼって2階へ上がり、部屋の鍵を開けて神宮寺くんに深々と頭を下げた。
「本当に本当にありがとう。このご恩は忘れません」
彼は少しホッとした様子で、
「いえ。じゃあ、おやすみなさい」
と声をかけて行こうとした。
「あ、待って!」
返しかけた踵を戻して、彼がこちらを振り返る。
まだ何か?と言いたげな顔をしていた。
「どうしてあの時、エレベーターで手を繋いできたの?」
「…………………………え?」
私があのことを聞いてくるとは思っていなかったのか、神宮寺くんはメガネの奥で目を丸くした。
それでも、ここ数日のモヤモヤした気持ちを少しでも晴らしたくて、勇気を出して尋ねる。
「あれは……さすがに動揺した。あんなの困るよ」
「……そうですか」
「もしかして、茶々を入れただけ?」
違うって、否定してほしくて聞いたのだ。
そうだと言われたら悲しいけど、それならそれで心の整理をしようと思いながら。
神宮寺くんはしばらく私を見つめた後、ゆっくりと近づいてくる。
予想外の行動に、フラつく足で後退する。
暗くて狭いアパートの通路で、背後にはすぐに部屋のドア。
その冷たいドアに背中がついた瞬間、神宮寺くんの顔が目の前に迫ってきた。
「あの時、もしもキスしたら。春野さんはどんな顔をしたんでしょうね」
「…………さ、さぁ」
「今してみますか?」
キ、キスだと!?
考える隙間も与えないほど顔を近づけられて、思わず体も表情も強ばる。
神宮寺くんはそこでようやく顔を離し、
「冗談ですよ」
と、一言だけつぶやいた。
「じょ、冗談って……」
「だから言ったでしょ。柔軟性は身につけないとダメだって」
ドアに背中をくっつけて固まって動けないでいると、彼はニヤリと意地悪そうに笑って
「それじゃあ、今度こそ。おやすみなさい」
と言い、寒そうに肩をすくめながら歩いていってしまった。
私だって寒い。
寒かったはずなのに、冷えていた指先が一気に熱を持った。
どこも、指一本触れていないのに。
こんなに体温が上がるのは、なんでなの?