マイノリティーな彼との恋愛法
病院に着いた時には、もう深夜の時間帯になっていた。
夜の病院なんて滅多に行かないので、消灯されて薄暗いひんやりした廊下を抜けて煌々と明かりのついている救急棟に足を踏み入れた時は目がくらんだ。
こっちはこんなに明るくしているんだ、と。
柏木さんが当直事務の男性に会社関係者であることを伝えると、すぐさま案内してくれた。
「こちらの廊下でしばらくお待ち下さい」
案内されたのは、処置室の前の廊下。
処置室と称された部屋はいくつかあり、電気がついているのはふた部屋だけ。中からはくぐもった話し声が聞こえていた。
廊下に並んでいる長椅子に腰かけて、私と柏木さんは治療中の処置室のドアを眺めながら終始無言だった。
もしも中からストレッチャーに乗せられて弱った神宮寺くんが出てきたらどうしよう。
足とかバキバキに骨折して、手も包帯だらけだったりしたら。
生きてるだけいいけど、そんな姿だったら仕事もままならないだろうし……。
でもそんな姿でも、ヤツなら堂々と「なんで春野さんがここに?」と聞いてきそうだから笑える。
あの人はいつでもいかなる時も、マイペースを貫きそう。
しばらく待っていると、中からガタガタと音がして人影が2つ曇りガラスの向こうに見えた。
ガラリと引き戸が開けられ、看護師さんに促されて作業着姿の男性2人が出てくる。
50代くらいの白髪頭の男性と、その後ろからついてきたのが神宮寺くんだった。
神宮寺くんはまくった袖からのぞく右手首に包帯を巻いていたけれど、歩き方は普通。だけどメガネをしていない。
前を歩く白髪頭の男性は少し歩きづらそうに引きずるような歩き方をしていた。
「もう1人はまだ処置中ですので、廊下でお待ちいただけますか」
「分かりました」
看護師さんの言葉にうなずいた神宮寺くんたちは、私の姿には気づかない様子で何かを話していた。
察するに、この2人は軽傷で、残りの1人が重傷といったところか。
「神宮寺」
と柏木さんが声をかけると、そこでようやく神宮寺くんがこちらを見た。
彼は振り向くと同時に私のことも見つけたらしい。
メガネのないまっさらな顔は、みるみるうちに驚いた顔へと変化した。
しかしそこから何も言わないので、痺れを切らした柏木さんが神宮寺くんの背中をつついた。
「春野さんがな、お前のことが心配だってわざわざ来てくれたんだぞ」
「そう…………ですか」
なんとも歯切れの悪い返答。
これはなんとなく迷惑がられているような反応に見えなくもない。
そりゃそうなのだ。私は彼女でもなんでもないのだから。