マイノリティーな彼との恋愛法
「あのマフラー、春野さんは捨てろって言いましたよね、どうでもいいって顔して。だけど、あなたにとってはどうでもいいことかもしれませんけど、俺にとっては違うんです。特別だったんです」
静かな廊下にやたらと響いた神宮寺くんの声と言葉は、私の頭の中にグワングワンとこだました。
━━━━━特別なもの?あのマフラーが?
なにそれ、なにそれ。
だっていつもどうでもいいって顔をしてたのは神宮寺くんの方じゃない。
どうしてこんな時に、人を混乱させるようなことを言うの?
「じ、神宮寺く……」
もっとちゃんと話したくて彼に歩み寄ろうとした時、もう1人の治療が終わったらしく看護師さんが車椅子を押して処置室から出てきた。
その車椅子には、朝に神宮寺くんたちと一緒にいた作業着を着た男性が乗っており、右足にたいそうなギプスがつけられていた。
「骨折と創傷、打撲でした。この方はこのまま入院になります。ご家族には連絡してありますが、あなたたち2人は軽傷ですのでお会計のあとお帰りいただいて結構です」
ベテランの雰囲気を醸し出している年配の看護師さんが早口に説明すると、そうだ、と思い出したように神宮寺くんの方へと向き直った。
「あなたの応急処置が良かったおかけで、予想よりも酷くなかったです。止血、固定共に見事でしたよ。先生が褒めてたくらい」
「…………マフラーのおかげ、です」
「あなたがきちんと知識を持っていたおかけじゃないかしら」
ほほほ、と看護師さんが微笑む。
車椅子に乗っている男性が神宮寺くんに「悪かった、ありがとう」と声をかけ、そして看護師さんに連れられて入院病棟へと向かっていった。
その姿を見送った後、柏木さんがタイミングを図るように私と神宮寺くんの顔を見比べた。キョロキョロと目を動かし、どうする?とばかりに気を遣う。
「えーと、……少し2人だけで話した方が良さそうな気がするんだけど……」
「いえ。すみませんがまた今度にします」
ふるふると首を振った神宮寺くんは丁寧にペコリと頭を下げた。
「これから会社に戻って今日のことを報告しないといけないので。せっかく来てくれたのに申し訳ないです。柏木さん、春野さんを送ってあげて下さい」
えらく他人行儀な神宮寺くんに、かける言葉はもう見つけられなかった。
「また今度」って、いつになるの?
ただでさえ、会うことなんてなかなか出来ないっていうのに。
「春野さん」
私の名前を、神宮寺くんが呼ぶ。
いつもは嬉しいけど、今日は少し切なかった。
「マフラー、本当にすみませんでした。今日は来てくれてありがとうございました」
マフラーなんか、どうでもいいよ。
今はただ、あなたの気持ちが聞きたいのに。
だけどそれは、声にはならなかった。