マイノリティーな彼との恋愛法
今日のお会計は、2人合わせて8460円だった。
当然支払ったのは私なのだが、お店を出てすぐに神宮寺くんが立ち止まった。
「残りは1890円ですね」
「は?なにが?」
「春野さんが俺にご馳走してくれる、残りの金額です」
「あぁー、そうね」
なるほど。今日のお会計を綺麗に折半したとして、メガネ代8500円までの道のりはあと1890円らしい。
即座に計算したらしく、彼はシンプルなメガネを中指で軽く直した。
「ということで、また連絡します」
「…………ねぇ、素直にお金受け取ってくれれば、あなたもわざわざ私と食事に行かなくて済むのよ?」
念のため、さりげなく提案してみるけれど。
神宮寺くんは不服そうに眉を寄せた。
「金はいらないって言ったはずです。食事に行こうと言ったのは春野さんの方ですよ」
「そりゃそうだけど……。つまらなくないの?これに関しては面倒くさくないわけ?」
「これといった感情は無いですけど」
無感情で食事してたんかい!
けっこうお互いの色々な話はしたと思うんだけど、彼にとっては早く終わらせたい事項のひとつに過ぎないのだろうな。
現金をもらうのが嫌という彼に、食事を提案したのは確かに私なのだ。
「今度はとんかつでも食べに行きますか。それとも牛タンにします?」
「えっ、いや、あの」
「どっちが好きですか」
「えー、うーん、牛タン……かな?」
「じゃあ次は牛タンでいいですね?」
逆に切り返されるように次の約束を取り付けられ、ついでに牛タンを食べに行くという提案までされた。
どっちが誘ってるんだか分からなくなりそう。
ひとまず牛タンを食べに行くということで落ち着いたので、コクンとうなずくと、彼は三角の目をして笑った。
「また連絡します」
言い残して、さっさと帰っていった。
面白い話をしたわけでもないのに、彼がハッキリと笑った。それは初めてのことだった。
理由もなく別れ際に笑うのって、本当は普通のことだと思う。彼が普通じゃないだけで。
それでもその普通のことを、相手がやったということでなぜか幸福感を感じてしまった。
いやいや、幸福感ってなんなのよ。
しっかりして、私。