マイノリティーな彼との恋愛法


「ああ、笑顔はまぁまぁいいもの持ってるんだった。忘れてた」


すっかり冬仕様のコートに身を包んで待ち合わせ場所に立っていた私は、少し遅れてやって来た神宮寺くんに会って開口一番でつぶやいた。

なんのことか分かっていない本人は、「は?」と怪訝そうな顔をしている。


「なんでもない。こっちの話。…………あ、その笑顔を小出しにしてくるあたりもプレミア感があっていいのかも。…………よし、素敵なところ2つゲット。あと1つだな」

「さっきからブツブツ何言ってるんですか?」

「レポート提出の話」


それ以上、彼は深く追求してくることはなかった。
聞き出すのが面倒になったらしい。


前回会った時よりも間が空いたせいか、お互いに服装が冬物になった。
私はウールの黒のチェスターコートにカシミヤのベージュのマフラーをして、ショートブーツを履いている。
彼もダークグレーのシンプルなスタンドカラーコートを着ていて、寒そうに首をすくめていた。


「そっちの話はどうでもいいんで、まず店に入りませんか。寒くて凍えそうです」

「マフラーくらいしたらどうなのよ?」

「持ってないんで」

「えーーー!買いなさいよ!見るからに寒いわ!」


車通勤なら分かるけど、電車通勤なんだからそれくらいの基本的な防寒グッズは持っているべきなんじゃないの?
ポケットに手を突っ込んでいるのを見ると、手袋も持ってなさそう。


「金曜の夜じゃなくても、早く帰れることもあるのね」


歩きながら彼を見上げると、目線は合わせずに小さくうなずいた。


「たまには。それに、これ以上引き伸ばすと忘れられそうだなと思って」

「忘れないよ。メガネ代はちゃんと弁償するわよ」


失礼な、そこまで歳取ってないし!
ぶーぶー文句を言いかけたところへ、神宮寺くんが遮った。


「そうじゃなくて、牛タン食べに行こうって言い出したの俺なんで」


一定の温度で(もちろん低温だけど)、たぶん何も考えずに彼は言ったんだと思うけど、私にはちょっと引っかかった。

え?メガネの弁償じゃなくて牛タンの方?
それってなんか違う気がするのは私だけ?
メガネのために牛タン食べに行くんだよね?

メガネと牛タンとメガネと牛タンと……

あーもう面倒くさいから考えるのやめよっ!


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