マイノリティーな彼との恋愛法
さっきウェイターがテーブルに置いていった前菜盛り合わせを食べようにも、興奮して手が震えて食べられそうにもない。
ナイフとフォークがカチカチとお皿に当たって音が響く気がして、手なんてつけられない。
そんな様子を知ってか知らずか、秀行さんが話を続ける。
「昴は僕の同級生で、一級建築士なんだ。今の事務所で経験積んだ後は、実家を継ぐんだろ?」
「うん、そのつもり」
「あ、柏木ハウジングって知ってる?そこの長男坊だから、ゆくゆくは社長ってわけ」
「まだ先の話だよ」
男性2人の会話を聞いて、さらに頭がクラっとした。
それはおそらく風花ちゃんも同じだったらしく、「えっ?えっ?」と目を丸くして柏木さんを見つめた。
「柏木ハウジングって、あの柏木ハウジング?そこの御曹司!?しかも一級建築士!?」
心の声が見事なまでにしっかり声になっている風花ちゃんに、柏木さんは苦笑しながらうなずいていた。
柏木ハウジングは私も知っている。
というか、知らない人はいないくらい有名なハウスメーカーだ。
「だからいずれは東京に戻るんだ。親父の親友の多田さんにお世話になってるからこっちにいるけど、最終的には会社を継ぐ予定で」
「は、はぁ……」
一気に現実離れした話に、曖昧な受け答えしか出来ない。
これぞ庶民。見よ、庶民の受け答えを!
「あの、そんなすごい人が、どうして春野さんを!?」
私が聞きたいことを、風花ちゃんが聞いてくれた。
もはや彼女は身を乗り出していて、たぶん私より興奮しているに違いない。
まあまあ、と秀行さんがたしなめる程だ。
柏木さんはチラリと私を見たあと、少し照れくさそうに目を伏せた。
「春野さんは知らなかったと思うけど、君が行く定食屋、俺の行きつけで。お昼休みに何度か相席したことがあるんだ」
「━━━━━えっ!?」
て、定食屋!?
「アジフライ定食が絶品の、あの定食屋ですか?」
「そうそう、そこ」
御曹司様もちょっと古びている定食屋なんか行くんだ。そこに一番驚いた。
「ずっと思ってたの、綺麗な人だなって。食べ方も綺麗だし、仕草も綺麗だし。それで、この間ほんの出来心であとをつけたら、同じビルで働いてたことが分かったんだ」
こんなにも「綺麗」を連呼されたこと、今まで生きていて一度もなかった。
泣いちゃダメ!泣いたらマスカラが落ちる!
ものすごーーーく羨ましそうな風花ちゃんの視線を感じつつ、「綺麗だなんてそんな……」と謙遜する。
これ一回やってみたかったやつ。
人生って何があるか分からない。
こんな事態、誰も予想なんて出来なかったと思う。