ケダモノ、148円ナリ
 




「間一髪だった」
とあとで、カップを下げながら、小声で明日実に言うと、

「なにがですか?」
とやはり小声で訊き返してくる。

 明日実にイルカの安いものとは言え、指輪をはめさせておいてよかったと思っていた。

 明日実が顕人のくれた指輪ではなく、自分のやったものをはめていることで、なんとなく彼女が自分を選んだような雰囲気になる。

 明日実はピンと来ていないようだが。

「じゃあ、そろそろ帰るよ。
 何事もなくてよかった」
と顕人が立ち上がる。

「貴継くん、明日実をよろしく」

「送りますよ」
と言うと、

「……君は帰らないの?」
と訊いてくる。

 今、あの部屋を貴継が使っていることに気づいているだろうに。

「此処にご厄介になってるんですよ、ずっと。
 そのうち、家賃でも入れますよ」
と言うと、

「いや、いいだろう。
 此処は、おばあさまの持ち物だし。

 君は明日実の婚約者だ。
 誰も気にしない」
と言われ、あんた以外はな、と思う。
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