【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
オフィスに入るなり、わたしの視界に真っ先に飛び込んで来たのは、先程と同じ場所でまだ同僚の女の子と話している那月くんの姿だった。
そして、那月くんも戻ってきたわたしに気づいたのか、再びぶつかる視線。反射的に、目を逸らした。
あの二人の近くに、行きたくないな。だって嫌でも会話が聞こえてしまう。
やっぱり、もう少し給湯室にいればよかった。
……いや、仕事中だもんね。仕事に支障をきたすなんて情けない。
「それじゃあ、また」
後藤くんにそう告げて、デスクに戻ろうとした。
けれど、後藤くんに「あの……」と控え気味に引き止められ足を止める。
「どうしたんですか?」と聞き返すと、後藤くんはなぜか、わたしの耳元に口を寄せてきた。
「もしかして、那月と何かありました……?」
……っ。
図星を突いてきた発言と、耳元でそっと囁かれたことに、肩をびくりと震わせてしまう。
びっくりした。急に、近づいてきたから。
きっと、あまり大きな声で話すことではないと思った後藤くんなりの考慮だったんだろうけど。
「花京院さんと那月、より戻したって聞いたんですけど……」
一体後藤くんは、いつもどこでそんな噂を聞きつけてくるんだろう。
後藤くんが情報通な人間なのか、それともこの社内が、那月くんの噂に敏感なのか……多分、答えはそのどちらだろう。