【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。


それに、視察ならひとりで……。

そこまで考えたけど、言うには至らなかった。

異動してきたばかりの同僚なんだから、少しくらい先輩として手を貸さないと。
とりあえず、今溜めている仕事が早急に終わらせよう。


「わかりました」

「助かります」


いつもより忙しくなりそう……と時計を見た時、オフィスの外の廊下に那月くんの姿が見えた。

あっ……。

つい目で追ってしまったけど、ハッと我に返って視線を逸らす。
社内で関係がバレているとはいえ、仕事に私情を持ち込んでいると思われたくない。


「どうしたんですか?顔が赤いですよ」


桐生さんに指摘されて、ますます顔が熱くなった。


「えっ……な、何もありません」


誤魔化すように視線を逸らして、無意識に髪を触ってしまう。


「へー……」

「は、話はそれだけですか?」

「はい。詳細は後でメールさせてもらいますね」


「よろしくお願いします」という言葉と笑顔を残して、去っていった桐生さん。

ふぅ……危ない危ない。那月くんを見つけた嬉しさが顔に出てしまっていた。

パチパチと軽く頬を叩いて、私は気を引き締め直した。



< 153 / 220 >

この作品をシェア

pagetop