【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
もともと私と那月くんは同じ営業部にいた。『先輩』と呼ばれているのは、那月くんが入社一年目、わたしの直属の後輩であったため。
指導係だったわたしが教えることなんてないほど、那月君はどんな仕事でもすぐに覚えて容易く熟していき、入社2年目にして営業企画部に配属されたエリート。
ちなみに、わたしも同じ時期に総務部へと異動した。もともと総務希望だったため、異動が通ってほっとした。
那月くんは今では営業企画部の要として、我が社では知らない人はいないほどの有名人だ。
そんな那月君と付き合い始めて一ヶ月…私たちは、まだデートの一つもしていない。
というのも、先程の一部始終でおわかりいただけたように、全ては私のせいである。
どうして、素直になれないんだろう……。
無理に作った笑顔を浮かべてオフィスを出て行った那月君の顔を思い出し、本日三度目の溜息を吐き出した。
恥ずかしい話、二十八才にして初めて出来た恋人。
三年前、この会社に入社してきた那月君。無愛想で愛嬌の欠片もない私にも、分け隔てなく優しく接してくれた彼。
そんな那月君に、私はいつしか惹かれていた。
どれだけ棘のある言い方をしてしまっても、酷い態度をとっても、彼だけは愛想を尽かさず私と接してくれた。
見ているだけでよかったんだ。
いつもキラキラしていて、社内でも人気があって…那月君が私なんか見てくれるはずないってわかっていたから。
それなのに——、
『……ずっと、先輩のことが好きでした。俺と付き合ってください』
一ヶ月前、告げられた台詞。
想像もしていなかった彼からの告白に、驚きと嬉しさでどうにかなってしまいそうだった私は、ただ首を縦に振った。