【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
那月さんは、俺の有無も聞かずに家の中に入っていく。
「ちょっ……勝手に入らないでくださいよ」
俺の声を無視して、スタスタと廊下を進んでいく那月さん。
もうここに、百合花さんがいることは確定みたいに。
「那月さん、強引すぎますって」
俺、入っていいって許可してないけど……。
「お前、もう喋るな」
低い声で告げられ、びくりと肩が跳ねる。
これ以上何か言ったら、この人の逆鱗に触れてしまうと理解した。
……いや、もう触れてしまったのかもしれない。
この人の背中から、ただならぬ怒りが伝わってくる。
百合花さんは手を出してはいけない人だったのだと、ようやく気づいた。
那月さんは寝室を見つけて、中に入って行った。
そのまま、百合花さんを抱えて出てくる。
俺の横を素通りして、玄関へ歩いていく那月さん。
俺はその場から、動けなかった。
「……おい桐生」
「……っ、はい」
情けない声が出て、心の中で笑った。
何ビビってんだよ、俺は……。
「この人に、仕事以外で今後一切関わるな」
ははっと、乾いた笑みがこぼれた。俺の中に残っていた、なけなしのプライド。
ガキだとは思うけど、言われっぱなしは腹が立つ。