【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
車内にピピピピと言う音が鳴り響き、驚いて辺りを見渡す。
な、何の音?
赤信号で車が停まり、那月君は微笑みながら私の方へと身を乗り出してきた。
「シートベルト、忘れてます」
どうやらシートベルトを付けていないことへの警告音だったらしく、那月君はさらっと私のシートベルトを締めてくれた。
閉め忘れなんて、恥ずかしい。
至近距離、目のやり場に困ってしまう。この前キスをされたことも思い出してしまって、心臓の高鳴りが増した。
ち、近い……。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。あまり車とか乗らないんですか?」
「はい……滅多に」
「前の彼氏さんとは、電車デートとか?」
「えっ……?」
前の、彼氏?
「……すみません、デート中に元カレの話とか聞いて……!もっと楽しい話しましょうか」
どうして私に元カレがいるという設定で話が進んでいるの?
那月君、もしかして私に恋愛経験があると思ってる……?一瞬予想外のことに驚いたけど、すぐに納得した。
……あ、噂かな。
やっぱり、那月君の耳にも入ってるよね。私が恋人がたくさんいるとか、愛人だとか……。
どうしよう、否定した方がいいよね。
でも、一体なんて?
「本当は那月君が初めての彼氏なんです」なんて言ったら、面倒くさいって思われないかな?
昔、そんな感じのことを、テレビのバラエティ番組で見たことがある。
恋愛経験が無い女性と付き合うのは、面倒だって。
「先輩?どうかしました?上の空みたいですけど……」
「えっ……い、いえ」
ダメ……。二十八にもなって恋愛経験の一つもないなんて、絶対にバレちゃいけない。