【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
今でも夢みたいで、全く実感も湧かなくて、それなのにあんな態度ばかり。
そろそろ愛想を尽かされてしまっても、おかしくない。
で、でも、それだけは絶対に嫌……。悲しい気持ちが広がって胸を押さえた時、扉の開く音がした。
こんな時間に誰?まだ誰か残っていたの?
そんなことを思いながらも、すかさず背筋を伸ばし表情筋に力を入れる。
入ってきたのは、設計部の後藤君だった。
「花京院さん、まだ残っていてよかった!あ、あの、次の決算の資料用意出来たので、持ってきました!」
「ありがとう。そこに置いていてもらえますか?」
「は、はいッ、失礼しました!お疲れさまです!」
資料をデスクの上に置いて、足早に戻って行った後藤君。彼は、いつも仕事が早くてとても助かっている。
今回も早かったな。今の今まで残って作業してくれていたのかな?
後藤君は少し前まで設計部の多忙さについて行けずに苦労している様子だったのに、この前医院の大きな企画をしたのを契機に変わったような気がする。
早くチェックしておきたい資料だったから、凄く助かった。ありがとうございます、と心の中で呟く。
なんて、本人に言わないと意味がない。
一人きりの室内でそう呟いて、下唇をぎゅっと噛み締めた。
常に仏頂面で、愛想が悪い。さっきみたいに、後輩も怖がってすぐに逃げてしまう。
こんな態度をとりたいわけじゃないのに、この癖は小さい頃から染み付いてしまっていてどうしようもない。
那月君は、どうしてこんな私なんかと付き合ってくれてるんだろう……?
那月君みたいな、恋人なんて選り取り見取りな人が……。