【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
「そろそろ、帰りましょうか?」
「はい」
ふたりして立ち上がって、個室を後にする。
出口を出て車に向かおうとする那月君の服を摘んで、控えめに引っ張った。
「な、那月君、お会計は?」
そのまま出てきちゃったけど、いいの?
「もう済ませました。先輩は気にしないでくださいって、さっきも言ったでしょ?」
「でも、このお店結構……「いいんですよ。先輩と食事出来るなんて、お釣りもらえるくらいです」
私なんかのとの食事にそんなことを言ってくれるのは、世界中どこを探したって那月君しかいないだろう。
「ありがとう……」
お礼を言うことしかできない、自分が歯痒い。今日はもう、お別れか……。
那月くんと私の乗った車が、夜の街を走る。
「今日は、付き合ってくれてありがとうございます」
わたしの家の前で、那月君が車を停めてくれた。
「こちらこそ……帰りまで送っていただいて、ありがとうございました」
座ったまま頭を下げて、お礼を口にする。なんだか、本当にあっという間の一日だった。
このままさよならするのは、寂しいな。そう思いながらも、ずっと居座るわけにはいかない。
「それじゃあ……また明日」
「……待って、先輩」
車の扉を開けようとしたら、那月君に手を掴まれた。
驚いて振り返ると、那月君は、真剣な眼差しでわたしの瞳をじっと見る。
吸い込まれそうな瞳に捕らえられて、わたしは思わず息を飲んだ。