【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。




『俺たち、別れましょうか?』


昨日から、ずっと頭の中で繰り返されている那月君の言葉。焼き付いて離れない、那月君の表情。

しっかりしろ私。失恋したからといって、それを理由に落ち込むなんて、学生でもないのに。いい大人が失恋で仕事に支障をきたすなんて、許されない。

いつの間にか給湯室のところまで歩いて来ていたようで、ついでにコーヒーでも入れて行こうと思った。

飲めないコーヒーだけど、今日は飲んでみたい気分。一睡もしていない状態だから、眠気覚ましにも丁度いい。

給湯室に入って、誰もいないことを確認して溜息を零してみた。幸せが逃げていく気がしたけど、今はそんなもの御構い無し。

逃げる幸せも持ち合わせていない私には、そんな迷信は通用しない。


うーん、コーヒーの香りは好きなんだけど……。コーヒー豆の袋を開けて漂ってきた香りに、そんなことを思った。


……時、廊下の向こうから、男性の声が聞こえた。それはひとりではなくて、複数の声。


「ま、お前に花京院さんは無理だって」

「だな。一回付き合ってもらえただけでも、よかったと思えよ〜」

「ほら那月、今日は飲み行くぞ!」


……な、つき?


「一体誰から聞いたんですか……ほんと、この会社噂回るの早すぎますよ」


昨日ぶりの大好きな声が聞こえて、思わず身体が硬直した。


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