【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。


その場から動けなくなってしまって、声を聞いただけなのに、さっきまで止まっていたはずの涙が視界を歪める。


「また出世してから出直せよ。にしても、お前でも無理だったかぁ」

「なんて言って振られたんだよ、教えろよ!」


廊下だとはいえ、随分と大きな声で話しているから会話が筒抜けだ。


那月君でも、無理?振られただなんて……違うのに。

愛想を尽かされたのは、私の方。未練がましく那月君の事ばかりを考えているのも、私の方なのに。

足音と会話の音量が、段々と近づいてくる気がした。


まさか……給湯室に入ってくる?

そうなったら、まずい。それほど小さな給湯室ではないし、休憩スペースまでついているけれど、隠れる場所なんてない。

とにかく、入らずに通り過ぎてくれますようにと神に祈った。


「……先輩たち、あんまり花京院さんの話しないでください」


珍しく不機嫌そうな、那月君の声。

……ああ、もう私の話をするのも嫌なのかなと思うと、堪えていた涙は今度こそ溢れ出してしまった。


「なんだよ、拗ねるなって」

「拗ねてませんよ。からかってるでしょさっきから」

「そりゃあな、お前花京院さんと付き合えて調子乗ってたからいい様だよ。ははっ」



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