【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
けれどそれを阻んだのは、那月君だった。
がしりと、掴まれた手。
「待ってください、何かあったんですか?」
「何もありません……離してっ……」
「何もないって……そんな顔して何言ってるんですか?」
那月君は、私の腕を少し強引に引いて、壁に押し付けてくる。
嫌だ……。こんな情けない泣き顔、見られたくはない。
これでもかってくらいに顔を下げて俯いた。廊下から微かに聞こえたのは、那月君の上司だろう人たちの会話。
「まあ那月も、これで懲りただろ」
「那月でも振られることあるんっすね」
言いたい放題だ。那月君が悪いみたいな言い方。
あんまり冗談が通じない私には、彼らの発言が本心か冗談なのか、よくわからない。けれど、ただただ申し訳なかった。
「ごめん、なさい……」
「……先輩?」
「私のせいで、那月君が悪く言われてしまって……」
こんな悪い噂ばっかりの私と、付き合ったばかりに。
「……え?」
どうしてか、驚いたような声色が聞こえ、恐る恐る那月くんの方を見る。
そこには、声色と同様に、驚いた表情の那月君がいた。
「そんなこと気にしてないですし、先輩は何も悪くないですよ?」
悪くないわけがないのに……。
どうして、最後まで私のことを責めないんだろう。