【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
「今日、一緒に帰りませんか?俺の家、泊まって……先輩と離れたくない」
その声にも、いつもの余裕な那月君の姿はなくて、それに胸が高鳴る。私だって、出来ることならずっとこうしていたい。
人に抱きしめられるのが、こんなにも心地いいものだと思わなかった。
「で、でも、着替えとか……」
「そんなの俺の貸しますから。お願い先輩……」
那月君ってば、なんだか可愛い。
まるで強請るような言い方に、今度はキュンっと音を立てる心臓。
断る選択肢なんて与えられていないようなもので、操られるようにあっさりと頷いてしまう。
さらに抱きしめる力を強めた那月君は、私の首筋に顔を埋めて、頰をすり寄せてきた。
「やった」
あまりにも可愛らしい声に、那月君が年下であることを思い出した。
いつもはしっかりしている那月君の年下らしい一面に、ときめかずにはいられない。
彼はどうして、こんなにも私の胸を高鳴らせるのが上手なんだろう……私の心臓、保たない。
本当はいつまでもこうしていたかったけれど、私たちも成人した大人で社会人だ。仕事を放り出すような真似は出来ないわけで、お昼休みの終わりにも気づいていた。
寂しさを感じながらも、ゆっくりと身体を離す。見つめ合いながら、お互い笑みを浮かべた。