【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
ベッドから少し離れたところにスマホと鞄が置かれていて、那月君がそれを手にとった。
気のせいだろうか、一瞬、那月君の表情に陰が見えたのは。
「先輩、どうぞ」
「ありがとう」
見間違えだろうから特に気に留めず、スマホを受け取る。画面に映し出されたのは、『社長』の文字だった。
「……あ、ちょっと電話出てもいいかな?」
「はい、どうぞ」
那月君に「ごめんなさい」と伝えて、電話をとった。
一体、こんな朝からなんの用事だろう。
「もしもし?」
『おお、百合香ちゃん。朝早くにすまないね。今日、みんなで食事をする予定なんだ。百合香ちゃんも来れるかな?』
今日?
本当は、那月君と時間が許すまで一緒にいたいけれど、社長……もとい、左吾郎(さごろう)さんのお願いは、断れない。
少し残念に思いながらも、肯定の意を告げる。
「……はい、行かせてもらいます。夜ですか?」
『夕食の予定なんだけど、十四時頃に集まれないかな?久しぶりだから、ゆっくりみんなで話そうと思って』
「わかりました」
『それじゃあ、またね』
要件だけを話して、左吾郎さんは電話を切った。
はぁ……。お食事は嬉しいけれど、那月君ともう少し一緒にいたかったな。