【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。
わたしとの約束なんて、もう忘れちゃったかな。
デートの仕切りなおしだって言ってくれて、凄く、嬉しかったけど……。
……ダメだ、ちょっと、向こうに行こう。
このままここにいていたくなくて、わたしは静かに立ち上がった。
那月くんたちに背を向けて、給湯室の方に向かう。
あれは……わたしへの、遠回しなメッセージだよね。
だって、きっと那月くんはわかっていたはずだ。わたしに聞こえているとわかっていながら、同期の子と話してた。
給湯室に行くと、運良く誰もいなくて、わたしは深い溜息を吐き出した。
表情筋に力を入れて、頰をペチペチと二度叩く。
泣くな、泣くな私っ……。
仕事中なんだから。こんなことで、泣かない。こんなことくらいで、泣くんじゃないっ……。
ここが会社じゃなかったら、間違いなく泣いていた。
でも、なんとか涙を堪えて、もう一度深く息を吐く。
日曜日、暇になっちゃったなぁ。
もう那月くんとも、終わりなのかもしれない。
そう思ったらまた泣きそうになって、慌てて鼻をつまむ。こうしたら、少し涙が引くんだ。
ふぅ……戻ろう。
紙コップに紅茶を一杯淹れて、給湯室を出る。
「あれ?花京院さん!」
「……あっ、後藤くん」
ちょうど出た時に、奥の方から歩いてきた後藤くんを見つけた。