イジワル副社長と秘密のロマンス
彼との歩幅の差を埋めるべく、小走りになりながら追いかけていたけれど、急に彼が足を止めたため、私は慌てて急停止する。
「……あっ、もうこんな時間か」
雑誌を見ながらお弁当を食べていたり、または食べ終わり一息つくかのように携帯をいじる男性社員の姿、そして別な場所では話が盛り上がっているらしく楽しそうに笑っている女性社員たちの姿もある。
そんなまったりとした時間が流れている室内を見て、彼がぽつりとそう呟いたのだ。
「今の話の続きは休憩の後で」
「はい。わかりました」
再び私たちは歩き出す。
秘書室の前で足を止めてなんとなく横を見ると、ちょうど副社長室のドアノブへと手を掛けようとしていた彼も動きも止めた。同じように私へと顔を向ける。
見つめ合ったまま数秒後、声を潜めて彼が私に問いかけてきた。
「このあとの斎河商事との約束だけど……結局、会食は無しになったんだよね?」
「はい」
こくりと頷き返すと、彼がにやりと笑った。
何かを企んでいるようなそんな笑みに、ドキリとしてしまう。
その表情は副社長の顔というよりも、樹君らしい表情だったからだ。