イジワル副社長と秘密のロマンス

彼女は、通路奥を覗きこむような仕草をしたあと、そちらに向かって進み出す。どうやら目的地は一緒らしい。

羨ましいくらい細い後ろ姿を眺めながら廊下を進んでいくと、彼女がレストランの入口前で立ち止まり、くるりと振り返った。


「樹(いつき)! 遅い!」


発せられた男性の名前に、ついつい鼓動が反応してしまう。


“樹”


それは私がずっと焦がれ続けている、彼の名前だ。

反応してしまった自分に苦笑していると、後ろから私の横に並んだ男性の気だるげな声が聞こえた。


「……ほんと、めんどくさい」


追い抜かれざまに、男性へと視線を上昇させ、私は目を瞠った。

オレンジ色の照明の光を弾く漆黒の髪。切れ長の瞳は不満げに眇められているのに、それさえも魅力へと変えてしまうような整った顔立ち。シックな色合いの上質そうなスーツは、彼の存在感を増幅させている。

足を止め、息を飲んだ私の気配に気付いたらしく、男性の瞳が何気ない様子でこちらへと向けられる。

目が合いすぐに、彼も足を止めた。私に驚きの眼差しを返してくる。

頭の中が真っ白だった。

何も考えられないのに……胸のざわめきは、勝手に大きくなっていく。


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