イジワル副社長と秘密のロマンス


「……げっ」


途端、彼から嫌そうな声が飛び出してきた。

後部座席の窓が静かに開き始めると、樹君が私の手を掴んだ。この場から逃げ出すかのように、急ぎ足で歩き出す。


「えっ、ちょっと樹君。良いの!?」

「良い。気にしないで歩いて。もうこれ以上、変なのに時間とられたくない」


立ち止まりたくとも、手を引かれている状態だから、それは叶わない。

プライベートにせよ、仕事関係にせよ、車の中にいる人たちは、樹君の知り合いで間違いないだろう。

わざわざ近くに停車したのだから、きっと彼に用があったのだろうなと、私は思ってしまうのだけれど……こんな調子では、樹君の足を止められそうにもない。

変なのってなんだろう。

そんな疑問が頭に浮かんでしまえば、好奇心には勝てなかった。

後ろを振り返えろうとした瞬間、先ほどの高級車が、私たちのすぐ横をゆっくりと走り抜けていった。

後部座席の窓は開かれたままだった。

僅かな時間、私は車内からこちらを見ていた男性と目が合ってしまった。

同い年くらいの男性がにっこりと笑いかけてきた。おまけに気安い様子でひらりと手まで振ってきた。

私たちの逃亡を面白がっているかのような笑みが、なんとなくうすら寒く感じてしまい、私は樹君と繋いだ手にきゅっと力を込めたのだった。




< 140 / 371 >

この作品をシェア

pagetop