イジワル副社長と秘密のロマンス
幕間、
小学生の俺
小学六年の夏休み。
母親の「自然の中で逞しく成長してきなさい」という突発的な命令により、俺は親戚の家に一か月お世話になることとなった。
+ + +
電車を降り、まばらな人の流れに乗って改札を抜け、駅舎を出た。
駅前の様子から、遠くに見える景色へと視線を伸ばす。
再び自分の身の周りへと視界を戻し、目を細めた。
「いや……普通だし」
大地のエネルギーを体内に取りこんできなさいとか、野を駆け回ってきなさいとか、もう少し日焼けしてきなさいとか、自然の美しさを理解し感動することを覚えてきなさいとか。
そんな訳のわからないことを母親から言われ、俺はすっかりすごい田舎に送りこまれることになってしまったと思っていた。
けど目の前に広がっている風景は、ちょっぴり寂れてはいるけれど、どこにでもありそうな普通の町のそれだった。
半袖パーカーのポケットに突っ込んでいた右手を出し、腕時計の時刻を確認しようとした時、遠くでクラクションが鳴った。
音につられそちらを見れば、ちょうど車から降りる大柄の男性の姿が見えた。俺は歩き出す。
「樹!」
近づいてくる俺に気付いて、その男性が軽く手を上げた。俺も軽く頭を下げる。
「1ヶ月お世話になります」
「久しぶりだな……ええっと」
「正月に会ってるけど」
「あぁ。そうだったな。8ヶ月ぶりってとこか。変わらねぇな」