イジワル副社長と秘密のロマンス
困ってしまった。
樹君とちょっとした知り合いでとか、この場で口にするのは気が引けた。ましてや、元カレだなんて絶対言えない。女性に噛みつかれてしまいそうな気がする。
我関せずな顔をしていた樹君が、ふっと笑った。
「好みだから口説いてただけ」
どう返せばいいものかとモヤモヤしていた私の心は、投下されたその一言で真っ白になってしまった。
衝撃で、口が開いてしまう。
後から来た男性ふたりも、私と同じようにぽかんと口を開けていて……女性は眉間のしわを更に深くさせ、樹君だけが愉快そうに笑っている。
眼鏡をかけた男性はすぐに我にかえり、確認するように私を見た。
女性は「はぁっ!?」と納得いかないような怒りの眼差しを突きさしてくる。
「……しっ、失礼しますっ!」
恥ずかしさと恐怖で限界を迎えた私は、高らかにそう叫び、足早にその場から走り出た。
「あーぁ。逃げられちゃったじゃん。どうしてくれんの?」
逃げ行く最中、そんな樹君の声が聞こえた。
+ + +
「――さんっ、三枝(さえぐさ)さんっ!」
名を呼ばれ私はハッとする。
「聞いてますか?」
「えっ……すみません。ちょっと考えごとを」