イジワル副社長と秘密のロマンス
クラクションとか、救急車の音とか滅多に聞こえてこない。たくさんの他人の気配にも囲まれていない。
……そう。生活の面では平穏。
机の端に置いてあった携帯が振動を始めた。電話をかけてきたのは兄さん。
両親は仕事が忙しい人だから連絡をしてこないのは想定内だけど、兄さんからの連絡は……こっちは想像以上だった。頻繁すぎて、正直うんざりしている。
できるなら、距離を置いてもまとわりついてくるこのわずらわしさを、広い庭のどこかに埋めてしまいたい。
落ちそうなそれを掴み取り、窓際へと進んでいく。もちろん電話になど出ない。
窓から庭を見降ろすと、庭いじりをしている昴じいさんの丸まった背中が見えた。その周囲をゴールデンレトリバーのユメが駆けまわっている。飼い犬である。
振動が途切れたことに息をつき、そのまま携帯をベッドの上へと放り投げた。
窓枠に肘をつき、頬杖をついて、ユメのはしゃいでいる様子を眺めていると、階下でインターフォンの音が響いたのが聞こえた。
門へと目を向けると、柵と柵の隙間から手を伸ばし、近寄ってきたユメに触れようとしている小さな姿があった。