イジワル副社長と秘密のロマンス
「やぁ。千花ちゃん。よく来たね」
昴じいさんが歩み寄り、弾んだ声を掛けると、その子はすぐに立ちあがった。
「回覧板渡すついでに、ユメと遊びに来ました」
良く通る声に、柵の向こうに見える姿。聞き覚えも見覚えもある。
この前、駅前で昴じいさんが声をかけた俺と同い年ぐらいの女で間違いないと思う。
「あら。いいところに来てくれたわ。千花ちゃん、クッキー食べない? 昨日たくさん焼いたから余ってるの」
昴じいさんの奥さん、朝子さんの声が庭に響いた。
門の所で言葉を交わしていた二人が同時に視線を移動させる。
朝子さんの姿は俺から見えないけれど、ふたりの視線から察するに、朝子さんはちょうど俺の真下、一階リビングの窓あたりから、話しかけているのだろう。
「食べます! 食べます!」
わーいと喜びながら、女の子が自宅敷地内へと入ってきた。昴じいさんと会話しつつ、はしゃぎ過ぎのユメを相手にしながら、玄関へ進んでいく。
昴じいさんはやっぱり、気持ち悪いくらい顔が緩んでいる。
その“千花”という女がお気に入りらしい。明るいとか、気さくだとか、可愛いとか、頻繁に話題に出してくる。
牧田夫妻には子供がいない。