イジワル副社長と秘密のロマンス
「一緒に後ろに乗って」
「え?……あ、はい……」
予期せぬ要求に一瞬固まってしまったけれど、運転手さんがいつか私を実家まで送ってくれたあの男性だと気がつけば、緊張感が緩和していく。
AquaNextでは運転手を何人か雇っているけれど、樹君は田代さんというこの運転手さんには心を許しているようで、彼が運転してくれる時はこんな風に私を自分の隣に座らせようとするのだ。
田代さんも微笑みながら、樹君に促され後部座席へと乗りこむ私を見つめている。
余計なことは何もしゃべらないけれど、彼も私と樹君の関係があの夜から続いているのを知っている一人だと思っていいだろう。
滑るように車が動き出し、私はちらりと樹君を見た。
彼はノートパソコンを取り出し、仕事を始めている。私は視線を前に戻した。邪魔にならないように、大人しく座っていよう。
カチカチと樹君がキーボードを叩く音を聞きながら行儀よく座っていると、突然着信音が鳴り響いた。
車内が静かだったせいか、やけに大きく聞こえた音量に、びっくりしてしまった。
樹君はびくりと体を揺らした私に苦笑いを浮かべてから、携帯を手に取った。
「はい……もう車の中。あと三十分くらいで着くと思うけど」