イジワル副社長と秘密のロマンス

会話の途中で樹君が嫌そうに眉を寄せた。そして「了解」と短く告げて電話を切った。


「……社長ですか?」

「そう。一名、駄々こねてるのがいるから、撮影おしてるってさ」


軽く息を吐いてから、彼の気持ちは目の前のノートパソコンへ戻っていった。

午後、社を訪ねてきた横河倉庫の責任者との交渉を終え、私たちは今から社長と合流することになっている。

合流先は撮影スタジオである。今そこでは夏物だけでなく、力を入れているブライダル関連の撮影も行われているため、今回は社長も副社長も立ち会うことになったのだが……。


「……そうですか」


思わず声に苦々しさがこもってしまった。樹君の言う“一名”が、なんとなく予想できてしまったからだ。

きっと、たぶん、それは……津口可菜美さんのことだろう。

撮影の様子を見に行くと樹君から言われた時、仕事ではあるけれど、楽しみだなと思ってしまった。

綺麗なモデルさんたちが身に着けたAquaNextの夏の新作を見られるというのだから、テンションを上げるなと言うほうが、無理な話である。

しかし、津口可菜美さんも撮影に参加するとも聞かされた瞬間、複雑な気持ちになってしまった。

彼女がいる場所に樹君と一緒に乗りこむのだ。今日が平穏無事に終わるとは、到底思えない。


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