イジワル副社長と秘密のロマンス
彼らしさ
都内にある撮影スタジオ前で車を降ると、出入り口近くで待っていたAquaNextの広報担当の女性社員が小走りで近づいてきた。
「副社長。お待ちしておりました」
「撮影、順調に進んでる? 予定だともうそろそろ終わるころだけど」
「夏物は撮り終えましたが、ブライダル関連の撮影の方が……今は、休憩に入ってます」
前を歩く女性社員が、最後に歯切れ悪く休憩中だと告げた。
彼が車中で〝一名、駄々こねてるのがいる”と言っていたことを思い出し、現場はどうなっているのだろうと不安を覚えながら、足早に通路を進んでいく。
通路、そしてスタジオの隅などで雑談していた綺麗な女性たちが、樹君に気が付くと、ほんの数秒だけ動きを止めた。
すぐにお喋りは開始されるのだけれど、彼女たちの興味が樹君へと移ったことは、その表情で分かってしまった。
聞く気はないのに、“あの人、誰?”とか“格好いい”などという声までも、耳が拾ってしまう。
それだけならまだしも、“津口さん”とか“樹”という名前までも聞こえてきた。
当の本人にも聞こえていたらしい。斜め前を歩く樹君が鬱陶しそうにため息を吐いたのが聞こえてきて、私は思わず苦笑いを浮かべてしまった。