イジワル副社長と秘密のロマンス
“気持ちいい”と正直に言うのが恥ずかしくて、歯切れ悪く言葉を続けていると、また樹君がにやりと笑った。
「だよね。俺に抱かれてるときの千花、普段からは想像つかないくらい色っぽい顔してるし、すごい気持ちよさそうだし」
「だったら聞かないでよっ!」
手の平の上で遊ばれてると分かれば、さらに頬が熱くなっていく。
微かに肩を揺らして笑っている樹君に文句を言おうとした瞬間、カシャンと、近くの機材に何かがぶつかった。
「もういい! 私、着替える!」
津口さんは足元をよろめかせながら身を翻したあと、ヒールを響かせ離れて行く。
じっとその後ろ姿を見つめていると、白濱副社長が「拗ねちゃった」と呟いたのが聞こえてきた。続けて、樹君が短く息を吐く。
「さてと……今日の撮影データ、見せてもらいたんだけど」
樹君が願い出ると、すぐに吉原さんが「あぁ」と応じる。
頭を切り替え、次の行動に移っている樹君とは違って、私は津口さんのことが心に引っかかってしまっている。
スタジオの出入り口近くに、星森さんが立っていた。
心許ない表情を浮かべて立っていたけれど、樹君と社長と吉原さんが動き出したことに気が付くと、彼女もこちらに向かって歩き出した。
しかし途中で、周りが目に入っていない様子の津口さんと肩と肩がぶつかってしまった。
星森さんはよろめき、その場に片膝をつく。
津口さんも足を止めた。威圧的に星森さんを見降ろしてから……こちらへと顔を向けた。
目が合ってしまった。胸に、怒りの感情を突き刺された気がした。息が止まる。
樹君に「三枝さん」と呼ばれるまで、私は身動きが取れなかった。
「忘れたの? ちゃんとついてきて」
「……はい……い、今行きます」
すでに歩き出していた樹君が振り返り、私を見ている。
津口さんの残像を必死に振り払い、私は樹君の後を追いかけたのだった。