イジワル副社長と秘密のロマンス
「千花!?」
樹君の声が響く中、痛みを堪えて顔を上げれば、よろめきながらも副社長室を出て行こうとする津口さんの後ろ姿が見えた。
自分の身に何が起こったのか、すぐ理解できなかった。けれど、あることに気が付いてしまえば、頭から血の気が引いていく。狼狽えながらも、すぐさま立ちあがる。
「待って!」
焦りと共に、私は津口さんを追いかけた。背後で樹君が私を呼んだけど、振り返る余裕はなかった。
副社長室から飛びだせば、受付のほうへと向かっている津口さんの姿をすぐに見つけることができた。高いヒールを履いているとは思えないスピードで遠ざかっていく彼女を、私は必死に追いかけた。
「津口さん! 返して!」
声を振り絞り、叫んだ。
今、私の手の中に、ぬいぐるみはない。ぶつかってきた瞬間、津口さんに奪い取られてしまったのだ。
やっと手元に戻ってきたというのに、このまま持ち去られてしまったら……。
白濱副社長の時とは違うのだ。もう取り戻すことはできないかもしれない。そう考えただけで、目の前が暗くなる。
「返してよ!」
私の叫びでフロアが騒めき始めると、津口さんの速度が落ちていく。その後ろ姿に追いつき、手を伸ばした瞬間、弾かれたように津口さんが振り返った。