イジワル副社長と秘密のロマンス
乾いた音に続いて、手の甲に痛みが広がる。私の手を叩き落とした津口さんは手近にある社員のデスクへと歩み寄っていく。
誰も座っていなかったけれど、机上には仕事道具がいくつか置かれていた。津口さんはためらいもなく、そこにあったハサミを掴み取る。
「こんなもの」
恨みのこもった言葉を吐き、怒りに震えている彼女は、鬼のようだった。
「やめて!」
手にしたハサミの刃が鈍く光った。彼女を怖いと思いはしても、怯んでなどいられない。
「あんたも、樹の思いも、全部なくなってしまえばいい!」
止めないと、ぬいぐるみを切り刻まれてしまう。そんなことは絶対にさせたくない。強い気持ちが身体を突き動かしていく。
私は彼女の手を両手で掴んだ。握りしめられたハサミを奪い取ろうと試みる。
「千花!」
樹君の声に、津口さんの力が一瞬弱まった。
「そんなことさせない! これは私と樹君の大事な絆でもあるんだから!」
揉み合えば、手からハサミが落ちていった。ハサミがなくなれば、あとはぬいぐるみだけである。
奪い返そうと必死になっていると、ビリっと布の裂ける音がした。